受け入れる

「受容っていわれてもさ、、、」と思った時に読んでみる

心理技術

こんにちは、カタリスト カウンセラー 神戸正博です。

 

コミュニケーションが苦手な人は多いもの。

コミュニケーションがうまく行かないときって、

キャチボールで明後日の方向に球を投げているときなんです。

 

 

相手が受け取りやすい球速やテンポ、位置はイメージできていますか?

受容というのは自分の価値観を一時的に脇に置きながら、相手の人生ストーリーに入り込んでいくということになります。

口だけ「うんうん、なるほどね〜」と連発をきめこめばいいものではありません。

自分をネガでもポジでもない0(ゼロ)地点に自分の心を置き、相手の話に心から共感するのでなければなりません。

結果的には「なるほど!」と口から出ているかもしれませんが、内面では「なるほど、、そうだったのか、君はそういった気持ちだったんだね」と納得した状態が、自分の反応として「うんうん、そうなんだねー」という単純反応として表現されるだけ。

そのためには、何が必要でしょう?

「自分の人格を消し去る」
んーーこれはちょっといきすぎですね。

何だか悟りでも開かないと出来ないような響きがありますもの。
それは、よっぽど専門的な修行をおさめなければならない印象があります。

わたしはそんな事は無いと考えてます。
だれもが無理なく「受容」という行いを通して、仲良くなりたい人と仲良くなれると確信しています。

「生物学人間科の研究者」になってみてください。

例えば、日本文化を一生懸命に勉強しているアメリカ人の研究者であれば、アメリカ文化はかたわらに置き、日本人と同じような生活をし、日本を感じ尽くそうとする。
その時はなにもアメリカ人としての自分をすてているわけではありません。

ただ、自分の培った環境に執着心をもっていないだけです。

同じように我々も自分の観念に捉われず、かといってそれを失わずに話し相手の世界に漂うことができます。

要するに、「受容」とは好奇心いっぱいに相手を知り尽くそうとすること。

決して無理をしながらいやいや相手の言い分を受け入れることではありません。

コミュニケーションは本来「相手に興味を持つ」ことからスタートするのであって、事務的な伝達事項をさすのではありません。

だから大丈夫。

あなたの中の好奇心を許すだけで、あなたのコミュニケーション能力は開いていくものなんです。

今、目の前にいる相手。

そな人に好奇心いっぱいに興味を持ってくださいね。

それでは、本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
また、次回も楽しみにしていてくださいね。

悩みの種を才能へ開花させる
カタリスト神戸正博


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